【看板・Sign】は、良くも悪くも、その会社・そのお店の顔。
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横浜市緑区のとある病院(看板に名称が入っていますね)の看板。
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通われている患者さんですら、見過ごしやすい駐車場。
おそらく、大型バスも頻繁に通る道路の割に、歩道が狭く、通行人を気にしながら運転しているため、なかなか目に付きにくいのでしょう。
実は私も、ある方から、ご紹介いただくまでは、ここに皮膚科医院があることすら知りませんでした(皮膚科に行ったことも無いことも手伝って)。
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中山駅方面から、運転してこられる方が、大きな駐車場看板を見過ごしても、大丈夫なように、駐車場入り口にも看板。
緑のネットフェンスに、背景も緑溢れる木々のなかに溶け込むように、それでいて、🅟と解かる看板。
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同様に、旭区川井宿方面からの方にも、同様の配慮。
病院を挟んで、両側に駐車場があるので、通り過ぎてしまっても、慌てられないように。
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道交法上の標識をジャマすることなく、自然体な駐車場看板になったかと思います。
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看板のエッジ部分、私怖いんです。
東京の地下鉄通路を通っていると、必死に避けているつもりが、190㎝の私は、時折ぶつかります。しかもエッジ部だと痛いこと。
よって、ここにも万が一にぶつかっても怪我をしにくいようにラバーを付けました。
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それにしても、看板屋さんは、デザイン・製作のみならず、穴掘りも頑張ります。
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ひたすら縦に、細く穴を掘り、この時点でもすでに120㎝。(よく、周囲を崩さずに掘れるな)
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上部は、2.5ⅿですが、強風で倒れては大変なので、1.5ⅿを地中に入れ、コンクリートで固めるために。
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将来的に、看板のデザインを変えるかも知れないので、スライドして取り外しできるように。
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横浜市緑区は、名前の通り、本当に、緑豊かなんです。
このすぐ近くの新治市民の森。川井・若葉台地区側は、三保市民の森。
かつて、子供心に、【緑区】って、どこにでもありそうな、安直な名称だと思っていましたが、今は素直に、【横浜市緑区】という地名は、相応しい立派な名前だと感じています。
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緑区は、青葉区、都筑区の一部に分割されるまでは、圧倒的な土地の広さと、緑の山・川・小川・水田・畑は、今よりももっと多く溢れていました。
旭区北部の我々子供からすると、旭区の山々(現ズーラシアと、その周辺)から延々と続く多摩丘陵先端部を、奔りまわらない訳がない。
楽しい日々の連続で、時にはマムシ、野良犬にビビりながら、包み込んでくれた偉大な緑区です。
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ちなみに、山越えはしますが、旭区と旧緑区(分割前)の地域一帯、保土ケ谷区・瀬谷区・港北区・(川崎市麻生区の一部)は、横浜市第6次市域拡張(横浜市として最後の吸収)昭和14年(1939年)4月1日に、横浜市になるまでは、同じ都筑郡で、奈良の律令時代から、ずっ~と。
私の親父は、ギリギリ都筑郡民時代を経験している。
数え方によっては、武蔵七党のひとつ、都筑党(綴喜党)が、馬で奔り廻った地。この付近一帯(東国)は牧が多く、朝廷への貢ぎ物として、軍馬を多く送り出していた。愛哀あふれる詩を作って旅立っていった防人も。
鎌倉時代には、そのポテンシャルを放ちましたが。
要は山坂に恵まれた土地は、馬と兵の足腰を鍛えるには、もってこいの田舎だったのでしょう。