この辺りには、6000年前の縄文人が住んでいたのでは

手前に見える丹沢の【大山】と、【富士山】の山頂が重なる、夕焼けを見ました。

場所は保土ヶ谷区上菅田町と、新井町境界沿いの尾根道から。

【横浜市文化財地図(横浜市教育員会)】によれば、

周囲には縄文時代早期とされる遺跡が数多くあり、さらに重要なのは【貝塚】がある。(笹山小学校周辺)


縄文時代早期とされる、6000年前の海水面は、現在よりも、+50m~+40m程度のようで、この地域を、海面+40、+50m程度としてみると、面白いことを見つけました。
※【Flood Maps】による。

国道16号線【梅の木】の交差点から、笹山団地近くまで入江。(帷子川水系)
国道15号線【下白根】の交差点から、北側へ向けて入江。(帷子川水系)
鴨居方面から、竹山団地付近まで、入江。(鶴見川水系)

そして、この辺りが、ちょうど、その中間地。歩いても遠すぎない距離。
淡水の貝を食して、貝塚へ捨てた。という考えもありますが、
人口密度が低い時代に住まうなら、動物の狩りができて、なおかつ、海で漁をした方が、絶対的に食生活的には、潤ったはず。

彼ら古代人が、遠距離まで【狩猟・漁労】に出た際に、道しるべとして、大山と富士山が被って見える土地を目指せば、戻ってきやすい。
また、【大いなる自然】を大切に考えていた古代では、それらの山をアニミズム(自然宗教)的に、尊崇・畏怖していただろうと思われる。

さて、実際はどうだったんでしょうね。
古を考えると、楽しくなってきます。
時は違っても、同じ夕焼けを見ていたのかと。