西谷の現場から、富士山

相鉄~JR直通寸前で、今をときめく西谷駅(横浜西部地区では)のすぐそばの現場から、今日も綺麗な富士山。(鶴ヶ峰方面)

過密ダイヤで走っていく相鉄線にどうしても目が行く。東海道新幹線も良く見えますが、700系ばかりなので、じきに飽きてしまう。

来た、来た。
相鉄新7000系。
今は相鉄独自発注の車両に置き換えられているなかで、日立車両製の今現在走っている最古参。

風の抵抗など関係無しの利便性優先の、貫通扉の前顔。

駆動系は、相鉄伝統の直角カルダン方式。
一般の抵抗の少なそうな軽い音と違い、歯車のギヤを感じられる重低音。
9000系までは、同様の日立製ながら、そのうちに姿を消していく。

初めて吊り掛けモーター音を求めて、わざわざローカル線を乗りに行くように、直角カルダンを乗りに行きたいけれど、我が相模鉄道は、かつて、旧車両は、総武流山鉄道や伊豆箱根鉄道へガソリンカーも含めて、移譲されていましたが、残念ながら、ここ最近はまるっきり無い。

知る人ぞ知る、相鉄厚木停車場にて、解体されてしまう。
省鉄(旧国鉄)の車体に、気合いが入ったアルミボディーを乗っけて、何度も改造を繰り返してきた新2000系が解体処分された時は泣けました。

その流れと被る旧7000系(丸目ライト)が、そろそろ廃車されるようです。
カラーリングも、アルミシルバーに赤の帯 と、相鉄としては気合いの入った新造車両だった。
何とか、どこかで貰ってもらえないのかな。海外でも。

ガラガラと扉の閉まる、鋼製車両の6000系も、勿体なかった。
解体してからでは、元に帰らない。
私が買おうかな・・・。

長年連れ添ってきた日立車両に別れを告げ、JR(東急も)との相互乗り入れと、省力化を考えて、東急車輛と、JR東日本新津製作所とで、JR東日本所有の大量生産車両E231系を基本に、いずみ野線の少々狭いトンネルを通過できるように設計変更された最初のシリーズ10000系。(私的には、試乗会にも乗ったほど、大好きなデザイン。E231系そのものよりも格好良い。

その後、その流れで、11000系(ベースはJRのE233系)

ネイビーブルーの20000系は、日立製作所笠戸製作所製。世界(特にイギリスで顕著)に誇る日立に戻った嬉しい車両。アルミニウム押出形材 ダブルスキン構造と、日立の技術が際立ちます。

そして、この春、新造車12000系が登場予定。㈱総合製作所製(旧JR東日本新津製作所)で、住宅設備で名を馳せたパナソニックのナノイーを搭載。その他、ユニバーサルデザイン目白押し。

【日立・HITACHI】が戻ってきたことで、相鉄の車両はオリジナリティー溢れる様々な特徴を持った車両だらけになること、間違い無しで、相鉄建設などの身売りで、相鉄グループは”ヤバイ”のかと心配していましたが、電車・バスという本業に特化しだしてきた点が、唯一の横浜市所在の大手私鉄としては、安心しました。

ちなみに、相鉄の最大の記念碑的車両は、昭和30年に運行開始された旧5000系でしょ。
当時流行の流線型ボディで、サイドスカートで覆われ、カラーリングも素敵です。
やはり、日立渾身の力作で、初の直角カルダン駆動・驚くことに発電ブレーキでした。

あまり感情を出さないあの親父が、【あれは、格好良かった】と、目を輝かせていました。
富士電機勤務で、富士電機からも名電気機関車EF58を作成しており、あの流線型が好きだったんでしょうね。私は、ブルトレ世代なので、EF65 500番台と、1000番台。P型も好きですが、近頃はF型も好きです。富士電機も製造していたし。
長男は、EF66好き。あれに、富士山型の【富士】ヘッドマークが、非常に似合っている。

ついつい、【富士山】の話から、相鉄の話にずれてしまいましたが、これは、三ツ境(武蔵旭区と相模瀬谷区の境、三ツ境の楽老峰からの富士山。(徳川家康公が、旧東海道・現中原街道の道すがら、鷹狩りをした場所)

富士山の右横には、大山、神奈川県最高峰(1,673ⅿ)の蛭ヶ岳(ひるがたけ)。

神奈川県民なら、この【蛭ヶ岳】を覚えておかなければならない。テストに出しますよ。

さらに、中原街道を南西に進んでいくと、もっと富士山は大きくなり、箱根外輪山・伊豆の山々が綺麗に見えます。
徳川家康公は、霊峰富士を、江戸からこの地、相模、駿東の御殿場から、駿河日本平、安倍川と、富士山を眺めながら、京都・大阪と江戸を通りながら、楽しんでいたのでしょう。
宝永大噴火は1707年。彼は今の富士山とは少し異なり、綺麗な円錐形の富士山を眺めていたんでしょうね。贅沢ですな。さすがは天下人。